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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)2081号 判決

原告 有限会社東薬局

被告 小堺製薬株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金九一万四五〇二円及びこれに対する昭和四〇年三月二五日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上の陳述

原告訴訟代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は医薬品等の卸売業を営む会社であり、被告は医薬品等の製造を業とする会社であるところ、原告は昭和三八年一一月五日頃、訴外エーザイ株式会社(以下、エーザイという。)から同会社が九州方面で販売する救急箱二〇〇〇箱の詰合わせ用として別紙〈省略〉記載の医薬品各二〇〇〇個合計金四二万七八〇〇円相当について買受け方の申込を受けてこれを承諾したが、原告はこれに充てるべく昭和三九年一月六日頃被告との間に、オキシドール(日本薬局方オキシドール)一〇〇ミリリツトル(瓶入)二〇〇〇本(以下本件オキシドールという。)を代金三万二〇〇〇円で買受ける旨の契約をし、同月一三日頃その引渡を受け、同月一六日頃これを前記医薬品とともにエーザイに引渡した。そしてエーザイはこれらを救急箱に詰合わせたうえ、同年三月下旬頃販売先の九州へ向け発送した。

二、ところが、被告から納入された本件オキシドールの容器(以下「本件容器」という。)である瓶の上蓋は尿素樹脂、内蓋はビニール引パツキングで作られていたため、これがオキシドール(過酸化水素水)のために酸化、腐蝕してぼろぼろになつたり、膨張したりした結果、オキシドールが蒸発或いは漏洩し、そのため、救急箱内に詰合わせておいた他の医薬品全部が酸化腐蝕し医薬品としての効用を殆んど失うに至つた。右事故の原因は、被告が本件容器の製造工程においてオキシドールの蒸発、漏洩等を防止するための措置として容器(瓶)の蓋に、オキシドールに酸化腐蝕しない内蓋例えばポリエチレン製の内蓋を用いなかつたためである。このことは被告が右の事故後間もなくオキシドール容器の内蓋をビニール引パツキングからポリエチレン製のものに取換えたことからも明らかである。従つて、右事故は被告の債務の不完全履行によるものである。かりにそうでないにしても、それは、民法第五七〇条に所謂「売買の目的物に隠れたる瑕疵あるとき」に該当するというべきである。

三、原告はエーザイから昭和三九年九月中旬頃本件事故の通知を受け、調査した結果前項記載の事故の詳細が判明したので、同年一〇月エーザイとの間の売買契約を合意解除するに至つた。その結果、原告は、エーザイに対する前記売買代金相当額四二万七八〇〇円から返品を受けた医薬品の残存価格合計金五万一二九八円を控除した差額三七万六五〇二円の損害を蒙つたほか、エーザイの販売先である九州から前記医薬品を引取るための費用として金三万八〇〇〇円の出費を余儀なくされた。また、原告はエーザイとは昭和三〇年頃から取引があり、今日まで本件のような事故を一度も起したこともなく、同社からかなりの信用を得て取引も年々増加の一途をたどつていたのに本件事故のため一挙に信用を失い、その損害は計り知れないものがあり、その額は五〇万円を下らない。

四、被告は原告に対し債務の不完全履行又は瑕疵担保責任として、前記損害合計金九一万四五〇二円を賠償する義務がある。よつて、原告は被告に対し右損害金及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

被告訴訟代理人は、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因第一項の事実中、原告及び被告が原告主張の営業を目的とする会社であること及び原告主張の日原、被告間に原告主張の本件オキシドールの売買契約が締結されたことは認める、その余の事実は不知。同第二項の事実中本件容器の上蓋が尿素樹脂製、内蓋がビニール引パツキング製であるとの点は認め、その余は否認する(なおこれらの実際は後記のとおり)。同第三項の事実は不知。

二、本件オキシドールの売買は所謂見本売買であるところ、被告は原告に対し契約前提示した二本の見本と同一のものを引渡したのであるから何ら債務不履行の責を負うべき筋合はない。

三、被告は、本件容器には、日本薬局方に従い、上蓋に尿素樹脂製のものを、内蓋にビニール引パツキング(原告主張のポリエチレン製内蓋に相当する。)を用いていたが、これは厚生省の検定合格品であるうえ、これと同一のものは各局方製造業者も使用しているものであり、被告の最近四ケ年のこれと同一商品の製造は五〇万本にも達しており全国的に納品しているが未だかつて本件のような事故を惹起したことはなかつた。要するに本件容器には原告主張のような瑕疵はない。

本件事故の原因は専ら引渡後の原告側の取扱上の不注意によるものと考えられる。本件オキシドールが正常な状態に置かれておれば、中のオキシドールと内蓋パツキングとの間には一定の空間が保たれている筈であるのでパツキングが酸化腐蝕するということは考えられないが、これが常時横転或いは極端な場合には倒立といつた状態に置かれ内蓋が長時間強酸化剤であるオキシドールに浸されておれば耐オキシドール性の材質のパツキングの薄膜とはいえこれが酸化腐蝕することは充分考えられる。而してエーザイの本件オキシドールの詰合わせ状態についてみれば救急箱には一応正常な状態(直立)で詰合わされたが、右救急箱はさらに六個宛ダンボール箱に詰合わされて発送されたので、その際その詰合わせが不適当で、本件オキシドールが救急箱の中で常時横転又は倒立の状態にあり、そのうえこれに異常の振動又は高熱気等が加えられた結果本件事故が惹起したものと思われる。

四、かりに、本件容器に原告主張のとおりの瑕疵があつたとしても、本件売買は商人間の売買であるから商法第五二六条により買主がその目的物を受取つたときは遅滞なくこれを検査しもしこれに瑕疵があることを発見したときは直ちに売主にその旨通知を発し、右瑕疵が隠れた瑕疵であるときでも六ケ月以内に通知を発しなければ、その瑕疵を理由に損害賠償を請求し得なくなるのに原告は検査及び通知義務を怠り被告に右瑕疵の通知をしたのは引渡の日(昭和三九年一月一三日頃)から六ケ月を経過した後の同年九月下旬であるから原告の瑕疵担保責任の主張は失当である。

原告訴訟代理人は被告の右主張(第二項以下)に対し次のとおり述べた。

第二項の事実は法律上の意見を除き認める、しかし本件のように見本そのものに隠れた瑕疵のあつた場合は、見本と同一物の給付があつたというだけでは債務の完全な履行ということはできない。第三頂の事実につき、被告は本件容器の上蓋は尿素樹脂製であるけれどもその内側にビニール引パツキングを用いているから容器は不完全でないと主張するが、右パツキングはその材質が脆く折れ易い粗悪な厚紙で弾力性を欠き復元力が微弱であるためクツシヨン用として適しない。このような不完全なパツキングのため、瓶内の気密が保たれず、オキシドール又はその気化物が漏洩し、尿素樹脂製の上蓋を酸化腐蝕したものであるから本件容器に瑕疵があつたというべきである。

第四項の事実につき、本件オキシドールの容器の瑕疵は所謂隠れた瑕疵に属し、また原告がエーザイから事故報告を受けて瑕疵を知つたのは昭和三九年九月中旬頃であり、これは被告から本件オキシドールの引渡を受けた時から六カ月を経過した後であるから商法第五二六条第一項の適用はない。かりにそうでないとしても被告は右瑕疵を充分認識しており、同条第二項に所謂「売主に悪意があつた場合」に該当するから結局同条第一項の適用はない。

被告訴訟代理人は原告主張の、被告が悪意の売主であつたとの点は争うと述べた。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、原告が医薬品等の卸売業を営む会社であり、被告が医薬品等の製造を業とする会社であるところ、原告が昭和三九年一月六日頃被告との問で本件オキシドール二〇〇〇本を代金三万二〇〇〇円で買受ける旨の契約をし、同月一三日頃その引渡を受けたことは当事者間に争いがなく、証人東晃一、原告代表者尋問の結果並びに救急箱の検証及び鑑定人三木茂の鑑定の結果を綜合すると、原告が被告から本件オキシドールを買入れたのは昭和三八年一一月頃原告がエーザイから同会社が九州方面で販売する救急箱二〇〇〇箱の詰合せ用として別紙記載の医療品各二〇〇〇個の買受方の申込を受けてこれを承諾したのでこれに充てるためであつて、原告は、被告から引渡を受けて昭和三九年一月末頃これをエーザイに引渡し、エーザイはこれ救急箱に詰合せた上同年三月頃九州へ輸送した。ところが、救急箱内のオキシドールが蒸発又は漏洩し、救急箱内に詰合せて置いた他の医薬品が酸化腐蝕し、医薬品としての効用を失うものが多量に生じたため、同年九月頃から右事故の通知を受けた原告は事実を調査した結果エーザイの申出によつてエーザイとの間の本件オキシドールの売買契約を解除した事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二、原告の債務不履行(不完全履行)に基づく損害賠償の請求について。

本件オキシドールの売買が所謂見本売買であつて、被告が原告に引渡したものが見本どおりであつたことは当事者間に争いがないところ、見本売買においては売主は、見本どおりの物を引渡す債務を負担するにとどまるものであつて、その見本に隠れた瑕疵がある場合に瑕疵担保の責に任ずるかどうかの点は別として見本どおりの物を引渡せば特別の事情がない限り債務不履行(不完全履行)の責を負わないものと解するを相当とする。しかも、本件においては証人重原栄二、同高橋君子、同鈴木郁生の各証言、鑑定人三木茂の鑑定の結果、及び検甲、乙各一号証の検証の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  本件容器は、褐色ガラス瓶と蓋とから成り、蓋の部分はオキシドールに比較的侵され易い尿素樹脂製の上蓋(キヤツプ)と、内蓋(パツキング)とに分かれ、内蓋は表面(直接オキシドールに接触する部分)に薄膜(耐オキシドール性の塩化ビニール樹脂を主成分とし、これに可塑剤ジオクチルフタレート(DOP)を混入したもの)を有する脆くて折れ易い粗悪な厚紙(約〇、八ミリメートルの厚さ)であり、右厚紙の部分が本来クツシヨンの役目を果すべきところ、右の厚紙は弾力性に乏しく復元力が微弱であつて、これが役目を充分果さなかつたため瓶内の気密が保たれず、溶液であるオキシドール又はその気化物が瓶とパツキングの間隙から浸透し上蓋に直接接触し、そのためオキシドール(過酸化水素水)に比較的侵され易い上蓋を腐触したものと考えられること、

(二)  他方本件オキシドールの場合は容量一二〇ミリリツトルの瓶に一〇〇ミリリツトルのオキシドールを入れていたのであるから、それが瓶の口を上にした正常な状態で保存取扱されている限り瓶内には常に二〇ミリリツトル前後の空隙ができ、内蓋と溶液とが直接接触することが少ないうえ、それが摂氏三〇度以下に保たれている限り、貨車等で日本国内を輸送する際これに相当の振動が加えられても耐えうるから、前記腐触は正常な状態の下では先ず起らないこと。現に本件オキシドールと同一種類のものは昭和二五年頃以来一〇余年間に亘り、各製造業者間で広く市販の商品にも使用されてきており、その間本件のような事故は起つたことがなかつたこと。

右の事実関係の下では被告は原告に対し債務不履行の責を負わないものというべきであり、原告の右請求は失当である。

三、瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求について。

本件オキシドールの売買は商人間の売買であるから商法第五二六条の適用があるものと解すべきところ、買主である原告の検査義務の点は暫くおき、原告が売主である被告に対して本件オキシドールの容器に瑕疵があることを通知したのは、右引渡の日より六ケ月を経過した後の同年九月下旬であることは当事者間に争いがなく、しかも被告に悪意があつたことの証拠もないから原告は本件容器の瑕疵を理由に損害賠償を請求することはできないものというべく(原告が瑕疵を知つたのがその主張のとおり既に右引渡の日から六ケ月を経過した後であつたとしてもその理は異ならない。)原告の右請求は失当である。

四、よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田実 宮崎啓一 松井賢徳)

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